数年前は「DX」でした。いまは「AX(AIトランスフォーメーション)」という言葉を見かけます。そのうち別の言葉になるでしょう。

言葉が変わるたびに社内で会議が開かれ、担当が任命され、勉強会が組まれる。そして数ヶ月後、また新しい言葉が来る。この繰り返しに疲れている組織は少なくありません。

問題は言葉そのものではありません。言葉に引っ張られると、毎回ゼロから始めることになるという点です。

言葉が変わっても、変わっていない部分

DXAXも、後ろに付いているのは同じ「X」です。トランスフォーメーション、つまり変革を指します。

▶ 変わるもの

使う技術です。少し遡れば、ローカルのシステムをクラウドへ移す話がありました。ビッグデータという言葉が回り、SalesforceのようなSaaSの導入が語られ、RPAが来て、いまは生成AIです。技術そのものだけでなく、どの製品を入れるかという話も、同じ流れの中で入れ替わってきました。次にまた別のものが来ます。

▶ 変わらないもの

何を変えたいのか。誰の仕事がどう変わるのか。変わったことをどう確かめるのか。この3つは、技術が何であっても必要です。

言葉に引っ張られる組織は、変わるほうばかり追いかけます。ツールの比較表を作り、他社の導入事例を集め、勉強会を開く。そして「何を変えたいのか」を決めないまま、技術だけが入れ替わっていきます。

本当に怖いのは、同じ言葉が別の意味で使われていること

流行り言葉そのものより厄介なのは、同じ言葉を、社内の各人が違う意味で使っている状態です。全員が「DXを進めよう」と言っているのに、頭に浮かべているものが一致していない。会議は成立しているように見えて、実は噛み合っていません。

ずれは、三つの層で起きます。

▶ 目指す方向がずれる

ある人はコスト削減を思い浮かべ、別の人は新しい収益源を思い浮かべています。どちらも「DX」で説明できてしまうため、対立が表面化しないまま進みます。

▶ 何のために使うのかがずれる

同じツールを入れても、現場は作業を減らすために使い、経営は数字を見るために使おうとする。設計の優先順位が変わるので、どちらかが不満を持ちます。

▶ そもそも技術の理解度がずれる

何ができて何ができないかの認識が、人によって違います。過大な期待を持つ人と、過小に見ている人が同じ場にいると、議論の前提が揃いません。

このずれは、一社の中だけで起きるものではありません。国の資料にも同じことが書かれています。

経済産業省の「DXレポート2(中間取りまとめ)」は、DXという言葉が広まったあとの状況をこう振り返っています。IPADX推進指標の自己診断結果を集め、2020年10月時点の約500社を分析したところ、9割以上が「まったく取り組めていない」か「散発的な実施に留まっている」段階でした。

同レポートは、その理由の一つをはっきり書いています。

先般のDXレポートによるメッセージは正しく伝わっておらず、「DX=レガシーシステム刷新」、あるいは、現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要である、等の本質ではない解釈が是となっていたとも言える。

言葉は伝わったのに、意味が伝わらなかった。そして同レポートは、DXの本質を「事業環境の変化に迅速に適応する能力を身につけること、そしてその中で企業文化(固定観念)を変革すること」と定義し直しています。国全体で、定義のずれを修正する作業が必要だったということです。

出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」(デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会、2020年12月28日)

対処は難しくありません。その言葉が自社では何を指すのかを、一度決めてしまうことです。正しい定義である必要はありません。社内で揃っていることのほうが重要です。定義を揃えるだけで議論が噛み合うようになる場面を、何度も見てきました。

あわせて、技術の理解度も揃える必要があります。定義だけ決めても、できることの認識がずれたままなら、また別のところでずれます。ここは、育成の出番です。

「言葉に乗り遅れる不安」が判断を狂わせる

新しい言葉が出ると、乗り遅れることへの不安が生まれます。同業他社が動いていると聞けば、なおさらです。

この不安から始まった取り組みには、共通した形があります。

▶ 目的が「導入すること」になる

本来は手段であるはずの導入が、達成目標になります。導入した時点で完了と見なされ、その後が続きません。

▶ 対象が「全社員」になる

誰の何を変えるのかが決まっていないため、とりあえず全員を対象にします。結果として、誰にとっても自分ごとにならない内容になります。

▶ 評価が「実施したかどうか」になる

何をもって成功とするかが決まっていないので、実施の有無だけが報告されます。翌年、同じことを繰り返します。

言葉に振り回されないための3つの問い

新しい言葉が社内に入ってきたときに、確認するとよい問いがあります。

▶ 問い1:これは、いま困っていることのどれに効くのか

効かないなら、急ぐ必要はありません。技術は後からでも導入できます。困りごとの側から入るほうが、結果として速く進みます。

▶ 問い2:これまでの取り組みと、何がつながっているのか

DXでやったこと、RPAでやったこと。それらを捨てて新しく始めるのか、上に積むのか。積めるなら、ゼロからにはなりません。

▶ 問い3:3年後も同じことを言っているか

言葉は変わります。3年後も残っている表現に置き換えてみると、本質が見えます。「AXを推進する」を「業務の進め方を変える」と言い換えて、それでも通る計画かどうか。

人材育成の側から見ると、もっとはっきりする

技術は入れ替わりますが、それを使う人の力は積み上がります。

生成AIのプロンプトの書き方は、数年で変わるかもしれません。しかし「自分の仕事のどこを人以外に任せられるかを判断する力」は、技術が変わっても残ります。

研修の設計でも同じです。ツールの操作を教える研修は、ツールが変わると価値がなくなります。任せ方の判断を扱う研修は、次の技術にも持ち越せます。

言葉に合わせて研修のタイトルを変えるのは簡単です。ただ、中身が操作説明のままなら、来年また同じことをやることになります。

まとめ——言葉ではなく、困りごとから始める

新しい言葉は、社内を動かすきっかけとしては役に立ちます。予算が付きやすくなり、人が集まりやすくなる。それ自体は悪いことではありません。

ただ、きっかけと中身は分けて考える必要があります。看板は流行の言葉でよいとしても、中で決めるのは「誰の、何を、どう変えるか」です。ここが決まっていれば、次に言葉が変わっても、やることは続きます。

▶ 今週の一歩

いま社内で使っている「DX」「AX」といった言葉を一つ選び、それを使わずに取り組みの目的を1文で書いてみてください。書けなければ、目的がまだ決まっていないということです。